子育て

妊娠中の流産【胞状奇胎】って何?

赤ちゃんをお腹にさずかり、無事に母子ともに健康でいられることって奇跡なんです。

私は2人目妊娠初期、「部分胞状奇胎」という病気で大切な赤ちゃんを失いました。

その時、たくさんの不安と辛さで心が押しつぶされそうになったこと、3年経った今でも忘れることはできません。

そんな「胞状奇胎」という病気の事や治療、経過などについて書いています。

胞状奇胎って何?

胞状奇胎は、胎盤を構成する絨毛の異常増殖によっておこります。

胞状奇胎は、胎盤を構成する絨毛が2mm以上にふくらみ水腫状変化、白いぶどうの房のようになる病気です。

絨毛の全部が奇胎化したものを全胞状奇胎、部分的に奇胎化したものを部分胞状奇胎、奇胎化した絨毛が子宮筋肉層の中に侵入したものを侵入胞状奇胎といいます。

全奇胎では、子宮内に胎児は存在しませんが、部分奇胎では、胎児が異常なく育つことがあります。侵入奇胎の一部を除き、奇胎自体は悪い病気ではありませんが、絨毛がんが発生しやすいので(部分奇胎を除く)、奇胎治療後、厳重な管理が必要です。

奇胎治療後に侵入奇胎が発生する率は8~10%です。

胞状奇胎はアジア地域に多い病気で(欧米の3~4倍)、日本でも分娩350~500回に対して1回の割合で発生し、発生数は以前とほとんど変わっていません。

胞状奇胎の症状は?

胞状奇胎は受精卵の異常であるため、まず妊娠していることが前提となります。

70%の症例でhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)の値が、正常妊娠よりも高くなります。

特徴的な症状としては、妊娠初期の子宮出血妊娠週数に比べて子宮が大きい強いつわりなどがあります。

また、侵入奇胎の約20%は、肺などへの転移をおこすことがあり、その部位での特有な症状から、産婦人科以外の科で気づかれることもあります。

原因としては、全奇胎の原因は、受精卵の異常です。

異常卵子ができる可能性の大きい40歳以上の高齢妊娠、あるいは20歳以下の若年妊娠では、妊娠数に対する発生率が高くなります。

前記の症状が現われる前でも、妊娠初期の超音波検査で、絨毛の水腫状態がみられれば診断できます。

最近は、妊娠8~9週になっても胎児が見えない場合には、流産として処置されるので、奇胎の診断時期も早くなっています。

侵入奇胎は、先行妊娠(直前の妊娠をいい、多くは奇胎)の終わった後で、hCGが長期にわたって検出されるときに、「絨毛がん診断スコア」で診断されます。

胞状奇胎の治療方法は?

子宮内容掻爬術を、約1週間ほどの間隔で2回行ないます。

奇胎を排出した後は、絨毛がんが発生していないか、厳重に管理する必要があります。

侵入奇胎の場合は、手術療法と抗がん剤による化学療法が基本になります。

奇胎治療後の妊娠は、hCGが検出されなくなり、基礎体温が二相性を回復し、正常な月経周期を2、3回確認できれば、新たに妊娠してもさしつかえありません。

しかし、奇胎治療後10年以上たってから絨毛がんが発生することもあるので、定期検診は必ず受ける必要があります。

ここからは、私が「部分胞状奇胎」になった際のお話しをします。

「部分胞状奇胎」になった私のお話し

1人目妊娠後1年半が過ぎ、2人目を授かりたいなと思うようになりました。

それからほどなくして妊娠。

とても嬉しかったのですが、1人目の時とは少し違う点がありました。

・下腹部の弱い痛みが続く。

・茶褐色の出血が少量妊娠初期から続いていた。

不安は抱えていたものの、特に変わりなく過ごしていました。

丁度その2週間前、長男が「おたふくかぜ」になっていました。

子供の病気だと思っていたのですが、まさかの自分にも移ってしまっていたのです。

耳下腺の強い腫れと痛みで食事が取れず、40℃近い高熱が続きました。

近所の耳鼻科へ行くと、妊婦ということで強い薬も出すことができないので大きな病院に入院することを勧められ、紹介状を書いてもらい入院することになりました。

入院した次の日、強い生理痛のような痛みが続き、なぜか一気に不安に襲われました。

すぐに産科でエコーをとってもらいましたが、赤ちゃんは元気。

そのころはちょうど11週目。

一安心していたのですが、痛みは強くなるばかり。

その時、何か塊が出たような感じがしてベッドから立ち上がると…

大量出血で床が血の海に。

すぐにナースコールをして看護師さんに来てもらい処置をしてもらったあと先生に内診してもらいました。

結果は、「自然流産」。

赤ちゃんは全部外へ出てしまっていました。

その際、今後のためにと病理検査に赤ちゃんを出すことに同意しました。

手術して苦しい思いをママにさせないように、自分から全部出たことがこの赤ちゃんの親孝行だったのかなと今では思います。

その後、病理検査で「部分胞状奇胎」だったことが分かりました。

この病気では、今後のガン化を防止するためにも期間を置いての妊娠が推奨されています。

半年~1年は妊娠を控えるようにと言われました。

 

しかし、ぽっかり空いた心の穴は深く。

たくさん泣いて、泣いて。

半年が長く、とてもとても長いトンネルにいるように感じました。

そんな時、いつも隣に旦那さんがいて寄り添ってくれました。

特に何を言うでもなく、そっと背中を押してくれ、一緒に泣き受け止めてくれました。

その存在がなければ立ち直るのにもかなり時間がかかったと思います。

流産してしまったけど、きっとこの子は一度お空に忘れ物を取りに帰ったんだと自分に言い聞かせて、忘れ物を持って帰ってきてくれる日を待ちました。

少しずつですが、気持ちが前向きになり3人目の子供を授かる準備を始めることができました。

また妊娠して赤ちゃんを産むことはできるの?

治療には経過を追うために1ヶ月に1回程度通院して、尿検査にてhCGホルモンの数値を見ていきました。

2回目の通院にて、数値が正常に戻り、半年後の妊娠許可をもらいました。

3人目を妊娠すること。

また同じようになったらと思うと不安もさらに強くなりました。

しかし、無事に妊娠をすることができ、心配していた初期の出血等もなく経過は順調でした。

無事に4000g近い大きな次男を授かることができました。

この病気になったからと言って、妊娠できないことはありません。

この病気は、自分が原因で起こる病気でもありません。

受精卵の先天的な異常によるものなのです。

だから、自分を責める必要はないのです。

これも乗り越えられるはずの試練。

同じく悲しい思いをした方に、少しでも役に立てればいいなと思います。